ダイエットに活かせるか?主食はピザ、でも痩せた その秘密は?
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アルゼンチン・ブエノスアイレスのピザ
アルゼンチンでの1年半の生活の間に、いつの間にか主食がピザみたいな感じになってしまった。アルゼンチンといっても、私は住んでいるブエノスアイレス市しか知らないのだが、ここは南米の都市といっても、人も街も、言語以外はほとんどヨーロッパの風情で、食べ物も、アルゼンチンの伝統的な食べ物のアサード(牛肉をこれでもかと使ったバーベキュー)やエンパナーダ(西洋風の餃子みたいなもの)など以外は、イタリアンなものだ。
街を歩いていてもイタリア系のレストランの多さに最初は驚くだろう。スーパーなどで売っている食材も、イタリア系料理で使うものがメインだ。これはイタリア系の移民が多くを占める歴史的な背景によるものだという。
パスタとならんで、ピザはブエノスアイレスでは極めてポピュラーなもので、ほとんど主食の一部と言っていいかもしれない。ホームパーティやちょっとした会食などでは必ずといっていいくらい登場するし、通りの至る所に宅配ピザの店がある。
値段は、 2人用の小さなサイズで言うと、 もっともベーシックなタイプ(トマトソースにモッツァレラ・チーズのみ、あるいはホワイトソースにタマネギのみ)で、レストランでは700円前後、私が一番よく食べているナポリタン(モッツァレラ・チーズにトマトスライスのテンコ盛り)はレストランでは900円前後。宅配で頼むと、レストランのものよりは雑なものが届くが、200円~300円くらいは安くなる。もちろん、種類も数多くあり、店によっても大きさ、厚さ、手間のかけ方、値段は様々で、実は一概に言うのもあまり意味がない。
日本で宅配ピザというとちょっと贅沢な感じを持つだろうが、ここでは日常のひとコマに過ぎない。ピザはレストランでも食べられるし、自宅でも作れるが、宅配で注文するのももっとも一般的な方法のひとつだ。私もインターネットを使って、スペイン語を話すことなく注文できる方法を知ってからは、もうそればっかりって感じになってしまった。スペイン語が話せないと、電話での注文はかなり敷居が高いのです。
ピザが常食でも痩せたという非常識
デブのことを「ピザ」と揶揄したりするよね(あ、「デブ」も揶揄的な表現ですね)。アメリカ合衆国の酷い肥満ぶりにも一役買ってるピザだよね。そんなピザを常食にして、私はさぞかし太っただろうと思っていた。しかし、現実は逆だった。
久しぶりに会う人に「痩せた」と言われることがほとんど。運動なんてまったくしてない。自宅から出ない日も珍しくない。散歩も、本当はした方が頭にもいいんだけど、なかなか気分の切り替えができなくて、ほとんどしてない。そんな、太る条件ばかりの私が、どうして見て分かるくらいに痩せた?もともと痩せてる方だったので、さらに痩せたってことだよ。太ってる人が痩せるより、痩せてる人がもっと痩せる方が何倍も大変なんだよ?
体重計がないので正確な体重はわからないが、ズホンのさらに広がった隙間具合から推測するに、現在身長170cm弱に対して、体重は50kg少しくらいだろう。
肥満国と私の生活の環境の違い
健康オタク的な面がある私だが、健康にまつわる常識はほとんど信用してない。現実に、太る食品の代表とされるピザを常食にして体重も脂肪も減っている。私自身が証拠だ。しかし、これは「ピザが太らない食品」であることの証拠にはならないだろう。単に常識は信用するに値しないものだっていう証拠に過ぎない。
痩せたのには必ず原因がある。それを考えてみた。
一番考えられるのは、ピザ以外のものが大きく作用していることだ。アメリカ合衆国に比べて、ブエノスアイレスの肥満人口の割合は、明らかに少ない。正確な数字は調べてないので示せないが、住んでいる人々を見ただけで一目瞭然にわかる程度に少ない。なので調べる気も失せる。
アルゼンチン人は肉の消費量も多いし、飲酒(ビール、ワインがメイン)も多いし、料理も脂っこいものばかりだし、魚もほとんど食わない。その代わり、マテ茶を飲む。果物をたくさん食べる。乳製品は生乳よりもチーズがメインだ。マテ茶、果物、チーズ、この辺りに原因が隠されているのではなかろうか?
マテ茶の凄い力
アルゼンチン人は本当によくマテ茶を飲んでいて、売られている嗜好飲料の半分以上はマテ茶だ。カフェやレストランではコーヒーの方がポピュラーだが、これは日本人がわざわざ喫茶店や飲食店で緑茶を注文しないのと同じだろう。つまり、普通に自宅で飲むもので、わざわざ外に飲みに行くためのものではないってことだ。旅行者が本物のマテ茶を体験するにはちょっとした冒険が必要なのだ。
マテ茶とは南米産のお茶で、詳しくは「日本マテ茶協会」(別窓で開きます)をご覧ください。
[caption id="attachment_1407" align="aligncenter" width="549" caption="スーパーのマテ茶売り場"][/caption]
マテ茶には大きく分けて2種類あり、煎っているもの(ロースト・マテ)と煎っていないもの(グリーン・マテ)だ。煎っているものはここでは「マテ・コシード」と呼ばれて、ティーパックで売られているものはこちら。煎っていないものは、専用の茶器で飲む。
凄いのは煎っていないグリーン・マテの方だ。
日本でも近年マテ茶を販売している店が増えていて、私も東京に住んでいたときにロースト・マテを買って飲んでいた。しかし、ここで本物のグリーン・マテ茶を体験してからは、もうローストには戻れない。濃さ、味わいの複雑さ、飲む作業の楽しさは、非常にこだわりを持ちながら珈琲を淹れている人の楽しさに匹敵するのではないか。健康に良いとか、栄養がどうとかよりも、単純に美味いし楽しい。
マテ茶が肥満を防ぐ?
まったく確信も証拠もないのだが、このマテ茶が、アルゼンチン人に肥満が少ない秘密なのではないかと思い始めている。肥満国アメリカ合衆国とアルゼンチンを比べた場合、明らかな違いのひとつはこのマテ茶の習慣だ。細かいことにこだわらない、テレビもよく観て、肉もアルコールも炭酸飲料も大量に摂りながら、アルゼンチン人はマテ茶を常飲している。
私もマテ茶をよく飲み、丸ごとのピザを毎日のように食べながら、運動もせずに、1年くらいの間にみるみると痩せてしまった。私はほとんど肉を食わない生活をしているが、もし肉を食べる生活習慣を持っていたら、体重は以前のものが維持されただろうと思う。
マテ茶は癌リスクを高める?
こういう記事もある。が、まったく気にする必要はない。ブエノスアイレスには高齢者が溢れている。癌にまつわる様々な報告はかなりマユツバもので、もし癌リスクを心配するなら、排気ガスと食品添加物との縁を切る方が先ではないだろうか?
マテ茶を買おう!
身近にマテ茶の販売店がない方でも心配はご無用。アマゾンでは少しの種類だが取り扱いがあるようだ。
こちらがアマゾンでの検索結果。
お好きなものを選んで頂いていいのだが、アルゼンチン人は専用の茶器で飲んでることに留意していただきたい。この茶器で飲むことで、抽出されたお茶そのものと同時に粉状になった茶葉も摂取しているのだ。ティーパックの場合と、茶葉も一緒に飲む場合とでは、おそらくその効果はかなり違うのではないかと思っている。効果云々を抜きにしても、その濃さと複雑な味わいには、明らかな違いがある。
コロンボ好きならエロい小池朝雄を観ろ – 東映お色気時代劇編
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注:本記事には成人向け要素を含む作品についての言及があります。
声優としても偉大な業績を残した小池朝雄
私は映画が好きで、主には洋画を楽しむ。洋画は吹き替えではなく、オリジナル言語でというが原則なのだが、数少ない例外が存在する。
その例外のひとつが故・ピーター・フォーク(Peter Falk)氏の出演ものだ。もっとも有名なのは、テレビシリーズ「刑事コロンボ」。大好きな俳優のひとりだったピーター・フォーク氏は、この記事を執筆している1年足らず前の2011年6月23日に鬼籍に入った。
彼を担当していた吹き替え俳優は何人かいるが、一番なじみの深いのは小池朝雄さんだろう。彼もピーター・フォークよりもかなり早く鬼籍に入っている(1931年3月18日 - 1985年3月23)。
晩年は、本業の芝居役者よりも、ピーター・フォークらの吹き替えを担当する声優での活躍の方が目立っていたのではないか。それくらい、キャラクターに合っていたし、声優としての力量も高かったわけだ。かつての良い俳優の条件として、演技のうまさやルックスの良さと並んで、声の良さも挙げられていたくらいだから、リアルタイムでの小池さんの俳優としての活躍ぶりは知らないが、かなり評価されていたのではないか。
俳優、小池朝雄の2大キャラクター
小池朝雄さんは現代劇、時代劇の両方で活躍したが、その両方に共通してある大きな2本柱のキャラクターがある。ひとつは、ヤクザなどの悪党、もうひとつは、先のと少しかぶるところもあるが、好色な男というものだ。意地の悪い人物などをやらせたらとても光っている。
「仁義なき戦い」シリーズなどヤクザ映画などは、ご覧になったこともある人も多いと思う。なので、本稿では、もうひとつの柱、「好色男」にスポットを当ててみたい。
好色時代劇には欠かせない俳優
非常に数の多い60年代から70年代はじめにかけての成人向け映画の内、私はたまたま、一夜限りのリバイバル上映で数年前に何本か劇場で鑑賞する機会がもてた。
[caption id="attachment_1382" align="alignleft" width="190" caption="徳川女刑罰史"][/caption]
[caption id="attachment_1383" align="alignleft" width="190" caption="徳川女系図"][/caption]
東京池袋の「新文芸座」というところのオールナイト上映だった。記憶が定かでないが、3本か4本を観たと思う。そのすべてに小池さんは出演していたのではなかったか?これは別に「小池朝雄特集」とかの企画ではなかったのに。
これらの作品はどれも時代劇で、女性の裸やら残酷な描写やらがテンコ盛りの成人映画だ。そのエロ・グロ・ナンセンスな描写は、ある意味芸術の域に達していて、現在のAVなんかには求め得ない独創性が感じられた。性的に興奮するとかよりは、昔のエグいセンスを純粋にエンターテインメントとして楽しむって感じなんだ。
何?東京に住んでいないし、観たくても観れない?アマゾンがあるじゃないか!
徳川女系図(1968年、東映)
徳川女刑罰史(1968年、東映)
徳川いれずみ師 責め地獄(1969年、東映)
一連の作品の監督を務めた石井輝男BOX
関連リンク:
小池朝雄(Wikipedia)
ピーター・フォーク(Wikipedia)
頭の切れ味は包丁の切れ味
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アルゼンチンに住み始めて早くも1年半が過ぎました。この間、日本は過酷な経験をし、それはまだ継続中のようですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか?しばらくブログの更新をしていませんでしたが、それは単に気持ちがブログに向いていなかっただけで、何とか元気に過ごしておりました。
とまぁ、私の個人的な報告など誰も興味ないでしょうから、さっさと本題に入ります。
良い道具は作業を楽しくする
日本ではたまに自炊をしていて、その時に重宝していたのが包丁研ぎです。買った当初はどんなによく切れる包丁でも、使っている間にだんだん切れ味が鈍ってきます。手軽な刃物研ぎの手段を知らなかった時は、これがとてもイヤだったんですね。私は切れ味が鋭いものが好きです。
東急ハンズをブラブラしている時にたまたまハンディな包丁研ぎを見かけました。一瞬で、「あ、これは!」と思い、速攻で買って帰ったのは言うまでもありませんね。
とにかく、ハンドルを握って動かないように固定して、溝に刃を差し入れて前後にスライドさせるだけ。これで、それまでトマトなんかぐちゃぐちゃになりながら切っていた包丁の切れ味が甦ったではありませんか。包丁のせいで(ということにしときます)自炊から遠ざかっていたのが、再び自炊熱に襲われたものです。
やっぱり包丁がよく切れないと、調理は楽しくないですよ。これ、大事なポイントだと思います。所詮は道具かもしれませんが、よい道具を使っていると、その作業自体が楽しくなるから不思議なもんです。
アルゼンチンの刃物研ぎ事情
実は、アルゼンチンにやってきて一番後悔していることのひとつが、この包丁研ぎを持ってこなかったことです。こんなもの、こっちで買えばいいやって思っていたのが大きな間違い。こちらでは売ってるところを見たことがない。ショボいアルゼンチンのアマゾンみたいなネット・ショッピングモールがあるんですが、そこに4点だけ載ってました。いまいち食指が動かないブツなので、まだ買ってませんが。
[caption id="attachment_1342" align="aligncenter" width="500" caption="アルゼンチンのネット・ショッピングモールには4点だけ掲載されている"][/caption]
ではアルゼンチン人は包丁をどうやって研いでいるのか。まず、日本で包丁と呼ばれる類の刃物は一般的ではありません。あまり一般家庭の調理では使われてないみたい。確かに、アルゼンチンで食ってるものは、「素材を切る」って点では大雑把でいいものばかりですからね。
で、切れ味が鈍くなった包丁は、専門のお店で研いでもらうらしいです。しかも、日本では考えられないでしょうが、刃物研ぎサービスのおっさんが家々のベルを鳴らしながら訪問セールスやってるんですよ。頼んだことがないので値段は知りません。
ま、こんなアルゼンチンで、やって来た当初に買った包丁はすでに、パンはおろか、ピザの生地はおろか、間違って指が当たってしまっても怪我しないくらいに鈍くなり、トマトなんてぐちゃぐちゃになっちゃいます。
もし私が買うとしたら、これだな、っていうのは、次の2つです。ここからは残念ながら買えませんけど。欲しいです。
やっぱり、第一候補は世界一の刃物メーカー「Henckels」社のものですかね。
在宅ワーク漁りか人脈強化か?海外での自活への道
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海外で仕事をするとは?
日本人が海外で仕事をする場合、大きく分けて2通りある。
自営で自活する
雇用される
雇用の場合は当然現地の言葉を流暢にしゃべれなくてはならない。何かの専門に特化した仕事ならその専門分野の用語や特有の言い回しもマスターしておかなければならない。自営の場合は商店やレストランを経営するとか、日本の文化や日本語を教えるというのは一番メジャーな道。それでも現地語しかしゃべれない現地の人たちを相手にするわけなので、言語の習得は必須。
私は昨年の11月からアルゼンチンのブエノスアイレスに暮らしているが、ここの言葉であるスペイン語がまったく話せない。カタコトの挨拶くらいや買い物での支払いくらいはなんとかできるが、誰かに想定外のことをスペイン語で話しかけられてもちゃんと返答できない。しかも(アルゼンチン全体だともっと顕著だと思うが)ブエノスアイレスでは簡単な英語ですら解さない人が非常に多い。マクドナルドで店員に「Can I smoke here?」と尋ねたら、キョトンと「?」な顔をしている。隣に並んでたフツーのオバサンが「No」と教えてくれる有様だ。しゃべれる人は平均的な日本人よりもよっぽどしゃべれるんだけどね。アルゼンチン人はとても能力の格差が激しいです。
そんな状態なので、一般の企業や店舗などで雇ってもらうにはちゃんとスペイン語が理解できることが必須。たとえ業務で英語や日本語が必要でも。だから当分は雇ってもらって仕事をするなんて無理。
考えられるのは日本から発注される在宅仕事を定期的にこなすか、英語を理解できるこちらでの人脈を頼りに仕事を分けて貰うかってところ。
自宅で仕事できる在宅ワークって期待できないね。
日本以外の在宅ワーク事情は知らないが、少なくとも日本での在宅ワークは、都合よく働こうって人の足元見た格安案件がほとんどで、どうしてもインターネット関連(データ入力やテープ起こしも今はこのネット関連の周辺業務に含めてもいいのではないか)、それもSEOとかアフィリエイトのための一番手間の掛かる面倒臭い部分を安く外注しようっていうイヤラシイところが私の気に障ること甚だしい。ちゃんと本業をもっていてサイド・ビジネス(副業)でとか、将来の転職を視野に入れた実績作りとかなら意味はあると思うが、それでも案件を厳選して、時間が余ってるならという話だよね。誰でもやれる作業なんてやったって将来の転職には活かせない。
アルゼンチンは日本より物価が安いとはいえ、アルゼンチン水準でも作業量や精神的負担に見合った対価とは到底思えない案件は、それ以外にもやらねばならない本命のタスクを多く抱えて日々時間が足りないと嘆いている私には意義が見出せない。詐欺も多いしね。
まともに考えたら、ビジネスを成功させようと思ったらそれ相応の手間や苦労は当たり前。ビジネスの土俵を自分で作るとすると金や時間や労力の初期投資は避けられないし、他人が作り上げた土俵に乗っかってやろうとすれば、その土俵作った人を肥えさせる為の駒と化す覚悟が必要。美味しいところだけ頂こうなんて虫が良過ぎるわけで。だから本気で初期投資(どっかの怪しい企業が要求する初期費用とかではなく)も惜しまずネットで副業始めるのでなければ、時間を持て余している人が、遊んで浪費するくらいなら自宅で作業できてお小遣い程度でも金になればいいなと思ってやるのがちょうどいいんだろう。
やはり人脈が物を言いいそうだ。
日本を脱出したはずなのにその後も日本に関わって生きていかなければならない状態っていうのも、自分にとってはプラスにならない。そんなわけでブエノスアイレスでの人脈作りを今まで以上に一所懸命やりながら、将来の自分のキャリアに多少でもプラスになるような仕事のおこぼれをおねだりして生きて行く道を切り開いてゆかねば。
その人脈作りに役立つのは、やはり Facebook と LinedIn ですね。今年は LinkedIn がいよいろブレイクしそうな予感ですよ、みなさん。
関連リンク:
Facebook
LinkedIn
非禁煙宣言!世の中に逆らって生きてみる
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アルゼンチンのブエノスアイレスに来て3ヶ月以上が経った。旅行者として入国したが現在は永住権仮許可証をもらえているので90日オーバーで滞在できている。一ヵ月後に永住権をもらいに移民局に行く予定である。
アルゼンチンは日本に比べて物価が安いとはいえ、ブエノスアイレスの物価は刻一刻と上がっている上、ほんの僅かな貯金を糧に生活を続けるのは限界がある。その限界も刻一刻と近づいてきているが。
アルゼンチンはタバコが安い!
そんな中、経済面で非常に助かっているのは食料品が安いこととタバコの値段が安いことだ。
パンなどは店頭で買った場合、一般的な大きさのバゲットくらいの量なら(細長いバゲット状のものも売られているが、2、3口くらいで食べられるくらいの小さな形に作られたものが主流で、それらを重さで買うのが一般的)数ペソ(100円少々)だ。レストランではわざわざパンは注文しない。料理についてくるのだ。
タバコはマールボロやラッキー・ストライクなどの欧米主要銘柄が人気でアルゼンチン国産銘柄を圧倒している。同じ銘柄でも味は日本で流通しているものとはかなり違い、これは米国でも同じ。私はここでは「キャメル」をもっとも好んでいる。値段はほとんどの銘柄が20本入り一箱6ペソ少々(150円以下)。日本では出国直前に大幅値上げされ、日本での愛好銘柄だった「ピース」など一箱300円から440円への値上がりである。それに比べればなんと安いことか。しかもここでは嫌煙ファシズムのような嫌な空気はまったく感じられない。店舗や施設などの建物内では禁煙だが。
日本に住み続けていたら、経済的に禁煙せざるを得ない将来が高い確率で待っていたかもしれない。しかしタイミングよく逃れられたので当面は禁煙の心配はしなくても良さそうだ。
日本の禁煙志向の方へ
[caption id="attachment_1316" align="alignright" width="300" caption="禁煙を考えているのだろうか?"][/caption]
さて、日本の喫煙者のみなさんはどう過ごされているのだろう?もう最近日本のニュースをあまり追わなくなってきたので、禁煙率やらタバコの売り上げがどうのこうのということに興味がわかなくなってしまっているが、それでも時々「あの人は禁煙した組かな?」とか「禁煙はじめたあの人は続いてるかな?」とか考えることはありますね。無能な政府の場当たり的な、あるいは深い何かの思惑の隠された(?)措置にトコトンまでいぢめられている日本の喫煙者の方々には深く同情を禁じえない。
しかも性質が悪いことに、追い込まれるのが「禁煙」という、<悪のレッテルからの脱却>のように全体規模で勘違いされていることに不幸がある。多くの人が「禁煙させられる」ことを、あたかも真人間に戻るかのように歓迎される。
これが単純に「食うもの、飲むものが買えない」となったら日本国憲法が無意味化し一気に国が崩壊する。一部の人にとってはこれは「食う」「飲む」と等しいもので、世界的に見ても歴史的に見ても「嗜好」や「趣味」と同列のものではない、誰が何と言おうと。
理由はどうであれ、止めたくても止められなかった人にとってはいい機会になり得る。吸うも吸わないもそれぞれ各人が自分の考えで決めたらいいと思う。
私は40歳直前になって突然タバコを吸い始めた。喫煙暦3年である。これまで止めようと思ったことが一度もないので「止めたくても止められない」習慣化を実感したことはないのだが、どんなものなんだろう。本当に心の底から嫌になったのなら無理もせず「水が高いところから低いところに流れるように」止めてしまうように思うのだが。本当は止めたいわけではないが「健康のため」とか「タバコ代が無駄に思えて」とかの理由なのではないかと想像してみる。もしそれが健康にも良く、一箱がチロルチョコ程度の値段なら、止めようとは思わないのではないかと。
禁煙グッズ、禁煙産業ってどこかイヤラシイ
アメリカ滞在中に電子タバコを少し経験したことがある。私にはジョーク商品にしか見えなかったが、話のネタにちょっと吸ってみた。その電子タバコは結構エキゾチックな味わいだった。アメリカではかなり流行ってるらしいね。Twitter でタバコネタを投稿すると、すぐその手のアカウントがフォローしてくる。フォロー返してどんな奴らか観察してみると、まぁ面白くはないが嫌煙国家と化したアメリカの様子が少し伺えて興味深かった。
アメリカではすでにそうなっているが、日本でも禁煙グッズ、禁煙治療、禁煙関連書籍を中心に「禁煙産業」が盛んになってきている様子だね。これまでずっとタバコ産業とバカ高い税金に貢献してきて、これからは禁煙産業に貢献するという元(現)喫煙者のみなさんは、不況脱出の為の貴重な存在である。吸い続けても出費を強いられ、止めようとしてまた出費を強いられ、どちらに転んでもあまり楽しくないでしょうが、現状がこうなってしまった以上当面は好転することも期待できないでしょうから、経済貢献と割り切ってがんばっていただきたい。
禁煙グッズが本当に効果があるのかどうか、止められた人は止める過程でどれだけ辛い思いをされたのか、もし経験をお持ちなら是非お聞かせください。
禁煙グッズ盛りだくさんで選り取りミドリのアマゾン
こんなダサジャケ、誰が買う?
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購買意欲が探しても見つからない
何だこのCDは!
この剥き身頭のツルツル男はワニとナニしてんだ?
何かあるのか、ワニの口の中に?
音楽のCDか?見世物の実況盤か?
一体どんな紳士や淑女がこのCDを買うんだ?
謎はナゾを呼ぶばかり。ケースの外側からもブックレットのペラペラぶりがよく判るし、そんな訳だから何か手掛かりでもないかと探してみること自体かなり奇特であろう。
しかしこのダサさはなんだ!いくら予算がないからと言っても、素人でももっとまともなデザインを考えるだろ。
しかしである。ここでハタ!と気付いたのだ。俺は完全にコイツらの術中にハマっている。なんだかんだ言って興味をそそられているではないか!これがテンガロン・ハット被ってギター抱えて意味なく牧場にたたずみ微笑んでいるノーテンキそうな白人オヤジのジャケなら、気にも留めなかったわけだ。
音楽ソフトでもエロビデオ(DVD)でも重要な情報は常にパケ裏にあるのだ。私は気に留まったものは無意識の内にパケ裏を見る。そしてそれが自分にとって意味のあるアイテムかどうかを素早く、場合によってはじっくり時間をかけて分析、吟味する。素早く判断されるのは、明らかに自分には用のないものだった場合だ。
ダサジャケ盤の正体や如何に?
さて、このCDの正体は、「ジミ・ヘンドリクスも強い興味を抱いていたモロッコのグルーヴィな音楽“グナーワ”の最も世界的に成功しているアーティスト、ハッサン・ハクムーン(Hassan Hakmoun)率いるバンドZaharのニッティング・ファクトリー(1990年代、当時の最先端音楽を発信していたN.Y.のライブハウス)での熱いライブ」であった。
如何かな?こういう情報を出してみると結構興味を持たれる音楽マニアもいるのではないかと思うが。ちなみのジャケの剥き身頭はハッサン・ハクムーンではない。
ハッサン・ハクムーンって誰だ?
ご存知ない方のために簡単にご紹介しよう。
ハッサン・ハクムーンはモロッコのマラケシュ出身である。子供の頃から蛇使いの音楽を演奏してきた経歴の持ち主。現在は米国西海岸を中心に活動し、操るものは蛇からグナーワの代表的楽器である3本弦のベース「シンティア」に変わっている。彼を一躍世界的に有名にしたのは、ピーター・ゲイブリエル主宰の「リアル・ワールド(Real World)」レーベルからリリースされた「Trance」だった。この2年前すでに彼のバンド「Zahar」として、N.Y.の先端音楽織物工場で熱狂の演奏を行っていたことに、商魂逞しい当時のクラブ・オーナー、マイケル・ドルフ(Michael Dorf)が目をつけないわけがない。そんな訳かどうかは知らないが、「Trance」の翌年に間に合わせ以下のジャケットを付けて本盤がリリースされた。これまでに自身の名義で4枚のアルバムをリリースしている。現時点で最後のアルバムが1999年リリースなのは寂しい限りであるが。ちなみに米国人女性シンガー・ソングライター、ポーラ・コールの元旦那である。どうでもいいが。
私はこのワニ盤の他に「Trance」と「The Fire Within: Gnawa Music Of Morocco」の2作を持っているが、前者はロック的要素も加味しワニ盤を洗練させた世界向けスタジオ録音、後者は伝統路線のスタジオ録音となる。本来のグナーワを知りたい方には後者がオススメで、聴きやすさや西洋的ダンス・ミュージックを求めるなら前者がオススメ。そして、むき出しのエネルギー、ワイルドで奔放なギター演奏、生々しい臨場感を求めるなら、間違いなくワニ盤だ。
Zahar
Trance
The Fire Within
関連リンク:
Hassan Hakmoun - Wikipedia
健康球で指癖の悪さを強制的に矯正!
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なぜか日本ではあまり見かけない健康球
健康球(通称)を知っているだろうか?2個セットで手の平に載せ、それらを手の平の上でクルクル回すのだ。材質は金属製のものや大理石のものなどが一般的で、金属製のものは中からシャリンシャリンと涼しげな音が聞こえる。20年以上前にその存在を知り、昨年5月にアルゼンチンのブエノス・アイレスに訪れた時に市街中心部の露天で400円くらいでやっと買えた。私のものは音のする金属製である。
[caption id="attachment_1285" align="aligncenter" width="300" caption="ブエノス・アイレスの露店で買った健康球"][/caption]
元々は中国のものらしく、陰陽太極図が描かれているものもある。しかし日本ではなかなか売られていないのか、見つける機会が持てなかった。アルゼンチンではなぜかこれが結構売られているのだ。ブエノス・アイレス市内の「日本庭園(Jardín Japonés de Buenos Aires)」の土産売り場でもなぜか。
健康球の一般的な効能
ところで、この球を手の平でクルクル回して一体何になるのだろう。「健康球」と呼ばれているくらいだから、健康にはいいのだろう。が、健康オタクな面を持つと自認する私でも、この球を健康促進の為に使おうとは思わない。健康に良い面もあるだろうとは思うが、あくまでも副産物として捉えている。
一般に言われている効能としては
脳の活性化
ボケ防止
手の平のツボの刺激
リラクゼーション(音の鳴るものは特に)
などだが、私が欲しかった理由は別にある。
私が健康球にハマっている理由
別の記事でも書いたが、私はギターを弾く。ちょうど20年くらい前、「ギター・マガジン」(リットー・ミュージック)というギター弾きの為の雑誌の特集記事に小さくこの球のことが書かれてあった。ギターを弾くための様々な指の運動訓練のひとつとして、大きなギターを必要としないお手軽さとギターを押弦する四指を満遍なく動かすことから、健康球を日常の訓練に使うと効果的だという。これは実にいい!と思ったのだった。
私は右利きなのでギターの弦は左手の指で押さえる。だから左手の上でクルクル回す。手に入れて早速回してみると、すでにある程度鍛えられていたのだろう、右手で回すより左手で回す方がスムーズにできる。
[caption id="attachment_1286" align="aligncenter" width="300" caption="左手で回している。いつでもどこでも楽器を弾く指のトレーニング!"][/caption]
スムーズにできると言ってもまだちゃんとは回せない。二つの球がゴツンゴツンぶつかりながら半分擦れるように回っている。本当は球同士がぶつからないように回さなければいけないようだ。これはかなり難しい。ぶつからないで回せるようになるまで相当練習が必要だ。
一度やり始めるとハマる、というかムキになってやってしまう。そういう意味ではあまりリラクゼーションにはなっていない。しかし頭の体操、ギターを弾く前のウォーミングアップには確実に役立っている。作業の合間にちょっとボーっとしながらクルクルするのは、作業の合間の休憩時間にダレるのを防いでくれる。
元々はギターの補助的な日常訓練の為に買ったのだが、その効果も期待通りだし、加えていろいろ副産物的な効能も体験できているので、良いモノを手に入れたと思っている。
今はこの一種2サイズのみアマゾンで売られているようです
中国健康太極球 Sサイズ
中国健康太極球 Mサイズ
Facebookのプロフィールをカスタマイズ:25人の実例付
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Facebook の新プロフィール・ページで遊ぶ!
Facebook、日本でも話題になることが増えてきているが、果たしてみんな楽しく利用できているのだろうか?
これまで Facebook を楽しむ為の記事をいくつか書いてきたが、それらは他のユーザーと交流することの大切さについてだった。「まだまだ友達も少なく交流の仕方もイマイチわからない」という方たちの為に、今回は孤独な作業というか、自己完結的な楽しみ方をご紹介しましょう。
方向性としては、かつて盛隆を誇った MySpace(現 Myspace)のヘビー・ユーザーたちが自分のプロフィール・ページをゴテゴテに飾り立てたのと同じだが、「激重、素人臭さ全開のやりたい放題」だった MySpace のツワモノ達のプロフィール・ページとは違い、与えられたシンプルな型の中で如何に創造性、独創性を発揮するかで自己主張をしてゆくというものだ。
今回ご紹介するプロフィール・ページのカスタマイズは、現在のレイアウト・デザインを使ったものだ。現在のレイアウト・デザインは、今から2ヶ月くらい前から徐々に、一部のユーザーから変更が適用されてきて、現在はすべてのユーザーに適用されている。変化のスピードが速い Facebook なので次にいつどこがどう変わるのか予測できないが、プロフィールのデザインはこれから半年か一年はこの形を崩さないだろう。
以下で紹介するような遊びをしていると友達からのリアクションも期待でき、交流のキッカケとしてもとても有効だと思う。
Facebook プロフィールのカスタマイズ実例集
まずは超クールなこの25人のプロフィールをご覧ください。
1. Chris Williamsさん
2. Jon Yangさん
3. Lexy Pageさん
4. Jayden Tanさん
5. Antony Legrandさん
6. Thibaut Le Brasseurさん
7. Adz Zafeさん
8. Alexandre Oudinさん
9. Cedric Belcondeさん
10. Ouri Stopekさん
11. Rob McCannさん
12. Murtadi Khanさん
13. Chrisさん
14. Tamara Lynn Luke-Kwanさん
15. Nicolas Pittetさん
16. John Danger Burrowsさん
17. Lior Grossmanさん
18. Jonathan O'Brienさん
19. 匿名希望さん
20. ...
『インセプション』のように思い通りの夢を見る方法
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昨年(2010年)公開された映画の興行成績でも3位の成功を収めた『インセプション』(クリストファー・ノーラン監督/レオナルド・ディカプリオ主演/2010年/アメリカ、イギリス制作)。いよいよDVDとブルーレイも発売され、再び盛り上がっている。(『インセプション』についての過去記事)
すでに観た人は分かると思うが、この映画の大きな要素は「夢」である。ただの「夢」ではない。思い通りの夢を見、あるいは、見させて、その夢の中での体験を通して、他人をコントロールしようという、考えてみれば恐ろしい考えの道具としての「夢」が描かれている。
金の掛からない新たな娯楽の可能性
もし思い通りの夢を見ることが出来ればどんなにいいだろうと、誰しも一度は考えたことがあるはずだ。ワクワクする展開で「よし、いよいよ……」という肝心要のところで目が覚める、何とか続きが見たいと念じつつ再び眠りに就くが、そこに待っているのは期待もしていない悪夢。今度は寝汗ビッショリかきながら目覚め、夢であったことにホッと胸を撫で下ろす。ワクワク展開の夢であれ、ガクガクブルブル展開の悪夢であれ、それが夢と判っているなら、夢の中でもっと大胆な行動を試してみれるのに、と思ったこともあるはずだ。
もし、思い通りの夢を見る術を身につけられると、寝る時間が至福の時間に変貌するに違いない。非モテでも問題ない。妄想に耽る相手を求めて二次元を彷徨う必要もない。不眠症ともおさらばだ。
まず明晰夢を体験することが重要
[caption id="" align="alignright" width="223" caption="Portrait of Edward James'' by René Magritte, 1937 - Wikipediaより"][/caption]
夢を見ていながら「これは夢である」と自覚している夢を「明晰夢」という。そして明晰夢ではしばしば、思い通りに夢を展開させることが可能というではないか。どうやら思い通りの夢を見るカギは「明晰夢」にあるようだ。
本ブログの過去記事「生活を最も充実させる睡眠サイクルとは?」で言及している通り、「Uberman Cycle」という睡眠方法が明晰夢を見るのに有効な手段というが、私はまだこの睡眠サイクル方法をマスターできていないので、実体験を得るには至っていない(英文だが、こちらで実践者の体験談が読める)。
夢を夢と自覚する為の指標
痛みを感じてみる(ほっぺたを叩いてみる)のは無意味。夢でも痛みを感じる。
デジタル時計の時刻を何度か見直してみる。もし不規則に時刻が変化していれば、それは夢だ。
電灯のスイッチを切り替えてみる。光の具合が変わらなければ、それは夢だ。
鏡を覗き込んでみる。もし(あなたの反映として)おぞましいものが見えたら、それは夢だ。
夢ではしばしば他人の足元や手が、覚醒時のそれとは違って見える。
明晰夢を可能にする方法
目覚めた直後に見た夢の内容を記録し続ける。覚醒後は目を閉じたまましばらくじっとしている。
夢はレム睡眠時に見ることが知られているので、レム睡眠を効率よく摂る。この為に「Uberman Cycle」が有効。別の有効な手段としては、全身がリラックスしている状態と入眠の瞬間を意識することに努めること。これは体は眠りに入るが意識は覚醒している状態を引き起こし易くするもので、意識が睡眠に沼に引き摺り込まれないように努めれば、「呼吸を数える」、「具体的なイメージを念じる」など他の方法でも良い。
夢を自覚できても、その途端に目覚めてしまうこともあるだろう。この問題を解決するのに有効な手段を、明晰夢の研究で有名なスティーヴン・ラバージ(Stephen LaBerge)が発見した。夢の中で「後ろ向きに落ちる(falling backward)」こと、「クルクル回る(spinning)」こと、「両手を擦り合わせる(rubbing)」ことが特に有効という。34人の被験者を使った実験によると、自覚した夢の中で「そのまま夢の流れに身を任せた(going with flow)」被験者で、夢を見続けられたのが33%だったのに対して、spinning(96%)とrubbing(90%)は有意に夢の引き伸ばしに成功したという。(詳細は「Prolonging Lucid Dreams」by Stephen LaBerge)
すでに述べたようにまだ明晰夢を体験できていない私は、幸いながら現在とても自由な生活をできる環境にいることをいいことに、上記の方法を参考にしながら努力中である。すでにかなり明確なイメージをもった夢を多く見るようになっている。そしてそれらを、すべてではないのかもしれないが、覚醒後も覚えていたりする。もう一歩というところにいる感じだ。
体験できれば、またこのブログで報告したい。
関連リンク:
『インセプション』オフィシャル・サイト
『明晰夢―夢見の技法』(スティーヴン・ラバージ著)
「明晰夢」 Wikipedia
「Lucid Dream」 Wikipedia
「Prolonging Lucid Dreams」 by Stephen LaBerge
「Lucid Dreaming」- High Existence
インセプション Blu-ray & DVDセット プレミアムBOX (初回限定生産)
神ギタリスト、ショーン・レインを知っているか?
記事全文
私はギターを弾くのだが、ギター弾き同士、または音楽好き同士の会話で必ずと言っていいくらい出てくる話題に「好きなギタリストは?」というのがある。
ギタリストだけに焦点を絞って音楽を聴いているばかりではないが、やはり演奏家として好きなギタリスト、尊敬せずにはいられないギタリスト、困難極まりないことは解っているがそれでも何とか近づきたいと思う演奏をするギタリストは存在する。
私の場合、音楽に限っては興味の対象が異様に幅広いので、それに比例して好きなギタリストも多くなり、また彼ら(男性に限らず)のスタイルの多様性も大きくなる。なので「好きなギタリストは?」と訊ねられても正直答えに窮する場合が多かった。
そこで、こんな質問に遭遇した場合の為に用意した答えの一人がショーン・レイン(Shawn Lane)だ。
[caption id="attachment_1185" align="aligncenter" width="468" caption="Shawn Lane"][/caption]
ショーン・レインの作品と評判
残念ながら、彼は大昔の音楽家ではないにも関わらず、すでに故人である。2003年に40歳の若さで病魔に倒れた。オリジナル・ソロ・アルバムはたったの2作。ソロ・ライブ・アルバムが1作品。スウェーデンのジャズ・ベース奏者ヨナス・エルボーグ(Jonas Hellborg)とのコラボレーションが数作品(DVD1作品を含む)、マイク・ヴァーニー・プロジェクト(MVP)で1作品に参加、キーボード奏者イェンス・ヨハンソン(Jens Johansson)のソロ・アルバム、Richard Hallebeek Projectのアルバム、ほとんど知られていないがカントリー音楽の大御所達によるスーパー・グループ「Highwayman」の2作目、ギターの教則ビデオが2作品。正規にリリースされたのはこれがすべてだ。ジミヘンとは違い、今後彼の演奏音源が新たにリリースされることはあまり期待できない。
ショーン・レインはメンフィス出身のアメリカ人で、地元では幼少の時から天才ギター少年と騒がれていたらしい。ロック界で著名な数多くのギタリストが彼を絶賛している。ポール・ギルバート(Paul Gilbert)、アラン・ホールズワース(Allan Holdsworth)、エリック・ジョンソン(Eric Johnson)、ジョージ・リンチ(George Lynch)、メタリカのカーク・ハメット(Kirk Hammett)など。
ショーン・レインのギター演奏の特徴
凄まじいスピードでソロを弾く場面があるが、ピッキングは極めてスムーズで正確。高速演奏時のスピードとテクニックは恐らく世界最高レベル。弾くフレーズはロック系のギタリストに多いペンタトニック・スケールを中心にしたものではなく、アラン・ホールズワースなんかにも似た摩訶不思議なもの。サウンドはマイルドなもので、これはエリック・ジョンソンを連想させる。基本的にはフラット・ピックを使って演奏するが、ソロでの高速演奏時には、右手の他の指も併用して振幅の激しい音程を急速に上下行するフレーズをよく使う。カントリー系の音楽のギター演奏にも同様の奏法がよく聴かれるが(彼は少年時代にカントリー系ロック・バンド、ブラック・オーク・アーカンソー(Black Oak Arkansas)のメンバーとなっていた)、フレーズやテイストはまるで違っている。これは非常に難易度の高いもので、その難しさの為か、真似をしているギタリストを私は知らない。そういう意味では、これこそが彼の特徴と言える。
カントリーやジャズを勉強したギタリストは幅広いスタイルの演奏をすることは珍しくないが、ポピュラー音楽出身ながらインド古典即興音楽(シタールの巨匠でジョージ・ハリスンの師匠であるラヴィ・シャンカール(Ravi Shankar)が演奏するあのスタイルのインド音楽で、分類的にはクラシック音楽の仲間とされている)まで守備範囲としているギタリストを他に知らない。ヨナス・エルボーグとのコラボレーションは、レインの晩年にはインド人演奏家を交えてのインド古典音楽になっていった。エルボーグはインド音楽系フュージョン・グループ、マハヴィシュヌ・オーケストラ(The Mahavishnu Orchestra)のメンバーでもあったから、インド音楽への転向はエルボーグの志向だったのだろうが、レインはこれに見事に対応している。マハビシュヌ・オーケストラのリーダーだったギタリスト、ジョン・マクラフリン(John McLaughlin)は、同じ即興でもあくまでジャズ演奏家だったのに比べると、ショーン・レインはかなり本格派としての取り組みだった。
ショーン・レインはマルチ・プレーヤー
ショーン・レインはピアノ、ベース、ドラムも演奏する。これがまた相当な腕前である。現在聴ける音源はほとんどギターを弾いているものだが、すべての楽器を自ら演奏したソロ2作目の「The Tri-Tone Fascination」、ソロ1作目「Powers Of Ten」発表後のライブ・アルバム、ヨナス・エルボーグ、コフィ・ベイカー(Kofi Baker)(あのジンジャーの息子)とのトリオで制作された「Abstract Logic」でその演奏が聴ける。特に「Abstract Logic」では各メンバーの単独演奏トラックが1曲ずつ収録されているが、レインが選んだ楽器はピアノで、ここでは彼の凄まじいピアノ演奏がしっかり堪能できる。1992年発表のソロ1作目「Powers Of Ten」でも素晴らしいピアノを披露しているようだが、こちらは永らく廃盤で極めて入手困難な状態、私もまだ聴いたことがない。
ショーン・レインは真の天才
ショーン・レインは日本の音楽誌でのインタビューで「本を読むのが凄く早くて、一晩に20~30冊の本を読んでいた時期もあった」と語っている。これは彼の頭の回転の速さ、技術の習得の速さを示すエピソードではないかと思っている。つまり彼はギター演奏だけに特化した天才ではなく、頭の構造からして根本的な天才だったのだろう。
作曲家としての才能
素晴らしい演奏をする音楽家が必ずしも優れた音楽を作曲するわけではないことは、数多くのテクニック系プレーヤーのクソつまらないソロ・アルバム群が証明している。しかし彼は作曲面でも素晴らしい才能を発揮した。「Powers Of Ten: Live!」と「The Tri-Tone Fascination」でそれが確かめられる。
関連リンク:
Shawn Lane Official Fan Site
ショーン・レイン Wikipedia(日本語)
Shawn Lane Wikipedia(英語)
ブエノス・アイレスで最初の1ヶ月で困ったこと
記事全文
ブエノス・アイレスに住み始めてそろろそ1ヶ月が経つ。生活水準はまだ十分には程遠いけど、やっと落ち着いてきた感じだ。
ここまでの生活の中で一番不便を感じたのは、食事のことでも、24時間営業のコンビニがないことでも(キオスコと呼ばれる飲み物、キャンディー+αを扱う小さなスタンド規模の商店の中には24時間営業のところもある)、移動手段が徒歩と数路線の地下鉄だけということでも(非常に発達したバス運行網があり、ここでは重要な交通手段のひとつだが、まだ乗り方すらわからない)、英語を理解できる人が意外に少ないことでも(それでも日本より遥かにマシという印象)、ウォシュレットなどという超文明の利器がないことでも、言語能力のせいで映画を楽しめないことでも、「ハイライト」(タバコ)が売られてないことでも(好きな日本のタバコの銘柄は「ピース」「ハイライト」「チェリー」だが、「ピース」は持ち込んだものがまだある)なく、実は電気のことだった。
アルゼンチンの電圧は220V
ブエノス・アイレスでは電気が発達していない、のではなく、持ち込んだ必需電気製品が使えないことだった。電圧が違うのである。日本は100V、アルゼンチンは220V。アルゼンチンの電気製品を日本で使うことはできるが(十分に性能を発揮しないかもしれないが、壊れることはない)、日本専用のものをここでそのままで使うことはできない。壊れるからだ。そんなことは海外の電気事情を考えると常識であり、事前の知識としても持っていたが、その知識だけではここでは不十分だった。
携帯電話がぶっ壊れた
今年5月の訪問時に、通話、メール、インターネット機能以外の目的で日本での携帯電話を持ってきていて、それは思いっきり100V専用だったのだが、壊れることなく充電ができた。しかしこれは非常に幸運だったためのようだ。成功の前例があったので今回も5月の時のように充電をしていたところ、あっと言う間にお釈迦になってしまった。電話機本体の故障なのか充電器の故障なのかは不明だが、代わりのものが調達できない以上、この携帯電話はもう生き返らないと思わなくてはいけない。
スピーカーがぶっ壊れた
次に音楽制作用のモニター・スピーカーが逝ってしまった。たぶん多くの人が使っているスピーカーは電源スイッチそのものがなく、音声ケーブルでアンプと繋ぐと音が出るのだろうが、私のものはスピーカー本体内にアンプを内蔵しているもので、ひとつひとつに電源スイッチがついている。このスピーカーは、世界各地の音楽制作現場で使われることを想定して、入力電圧の切替を行うことができるのだが、220V-240V用に切り替えて電源を通してみたところ、最初の1回目は通電されたものの2回目以降は電源が入らなくなってしまった。この地で一度も音を鳴らすことなく。
携帯電話と違って、高価なものであり、また、リスクヘッジを施して苦労しながら慎重に自身で運んできたものだけに、ちょっとショックな出来事だった。後に新しいスピーカーを現地で購入した後に知ったのだが、このスピーカー故障はヒューズが飛んだだけかもしれない。電圧設定を切り替える際にヒューズも交換しなくてはならなかったようだ。修理を試してないし、専門家に診てもらったわけでもないのであくまで推測だが。電気の知識の乏しい私である。
このことがあって「やはり電圧の違いをナメてはいけない」と思い直し、電圧変更器(トランス)を購入するまで100V専用のものは使わないと決めた。
アルゼンチンでは日本専用電気機器は使わない方がいい
最初からトランスは現地で購入するつもりだった。いよいよそれが必要になったわけだが、次に直面した問題は、ここでは100V対応のトランスが売られていないことだった。これも正に想定外。アルゼンチンでは売られて「いない」トランスの種類を知るなんて、日本では困難だ。売られているものを知ることは可能だ。しかしそれが全てでないわけなので、そこに100V対応のものが入ってなくても手に入れられないとは思わない。普通の生活の様子でさえ情報不足気味なのに、こんなマニアックな「手に入らない」情報は見つけられないよ。
ここで手に入れられるのは合衆国の電圧110Vまでに対応したものだけなのだ。100Vの携帯電話は合衆国で何度も充電したが、やはり先のことがあって、これ以上余計な不便を生じさせるわけにはいかないので、何とか100Vに変更しなければ安心できない。あちこちで聞きまわって、ようやくひとつの専門店を知り、そこで特注品を作ってもらった。その専門店は「la casa del Transformador」。Paraña通りにあり、楽器専門店が密集する地域のすぐ近くにある。
[caption id="attachment_1165" align="aligncenter" width="300" caption="専門店「変圧器の家」 "][/caption]
ちなみにコンピュータは、大丈夫だ。世界中で使えるようになっている。電源コンセントの形状に合わせるアダプタを付けさえすればいい。
そんなこんなで、やっと3週目になって持ち込んだ電気機器が使えるようになった。
日本脱出への道
記事全文
何とかアルゼンチンのブエノス・アイレスに着き、約二週間が過ぎた。そして一昨日、我が家にやっとインターネットが開通した。
11月10日夕方に出国し、日本時間の11日深夜近くにエセイサ国際空港に着いたのだが、出国までに想像以上のスッタモンダがあった。可能な限り周到に準備をしたつもりでもこうなるのだ。
様々な情報を集めつつ移住の準備を始めたのが5月だったので、そこから数えると半年掛かっている。必要書類を揃えたのが8月、8月上旬に仕事を辞め、物理的な準備に入った。
日本側とアルゼンチン側双方で準備を進めていたのだが、日本側で私がすることは、日本から持ち込む荷物の選定、それらの出荷、残りの物すべての処分を含めた住居の引き払いである。一般的にアルゼンチンへの引越し自体が珍しいもので(旅行やタンゴを勉強したり仕事での赴任などのための期間限定の小さな引越しはよくあることだが)、参考とできる情報がほとんどない。それに輪をかけ私の場合は、荷物の内容が一般の海外への引越しのものとは全然違っていたので、一か八かの賭けに近いものだった。限られた予算とリスクヘッジ。これは非常に苦労した。まだ大物の船便荷物が届いていないので、これが上手くいったかどうかは、現時点ではまだわからない。安全に輸送され、正当な通関ができることを祈るのみだ。
荷物の搬送に関しては本当に様々な苦労があったことはすでに述べたが、中でも最も痛かったのが、航空便で荷物を送ることを依頼していたEMS(国際スピード郵便)側の集荷の不手際で当初予定していた9日のフライトに間に合わず、急遽別のフライトを新規に手配しなくてはならなかったことだ。EMSの運営者でフライトを逃した原因の張本人である日本郵便は、この件に関して私に何の補償も行わないという。「我々の会社は言葉での謝罪だけならいくらでもやってやるが、オマエのようなちっぽけな一個人の損害にいちいち付き合ってられないから、泣き寝入りしろ。」という主旨の言葉を、抗議の電話口でハッキリ言ったのだ。時間にまったく余裕がなかったので、とりあえずブエノス・アイレスには来たが、この一件は絶対に許さない。
アルゼンチン側では、ブエノス・アイレスでの住居の確保が最大の問題となった。ブエノス・アイレスでの住居は、一般の家屋、一般の賃貸物件、ルーム・シェアでの賃貸物件、(旅行者含む)一時滞在者向け賃貸物件が主なものとなるが、私の場合は移住が目的なので一般賃貸物件が必要となる。私の同居人がアルゼンチンの地方の出身であること、一般の賃貸住居の契約に必要な条件を満たした保証人を見つけられないことが大きな壁となったのだ。住居を確保できるまでに一ヶ月掛かったが、これは本当に幸運な縁によるもので、一般に参考にできる情報ではないことをお断りしておきたい。こういう幸運に巡り会えなければ、相当割高の外国人向け一時滞在用のマンションを転々とするか、すでに住んでいる人と同居するか、住むことを諦めるかしかないだろう。探している間彼女はホステル暮らしを余儀なくされていたわけだが、見つけるのが遅くなればなるほど、アルゼンチン側、日本側双方の経済状況が悪化する。どちらも仕事を辞め、収入がなくなっているのだから、手持ちの金がどんどん減ってゆく。焦ってはいけないとわかっていても、焦らずにはいられない。
とにかくブエノス・アイレスでの生活は始まった。生活開始前の大きな壁は乗り越えた。これからは生活を続けるための様々な障壁を乗り越えていかなければならないだろう。今現在はまだ移住できるかどうかは確定していない。永住ビザを取るまではただの旅行者という身分で、延長更新はできるものの、原則90日しか滞在できない。
まだまだ苦労とストレスが続くことが容易に想像できる。
FXの勉強を始めて分った事 その1
記事全文
身近になる通貨を調べていた
近年よく聞く「FX」という言葉。一種のマネー・ゲームだろうと、そういうものに全然興味のない私は無視を決め込んでいたのだが、今年に入って急に具体化した海外生活をキッカケに通貨についての勉強を始めたわけだ。
私が関係する当面の通貨は、円、米ドル、アルゼンチン・ペソ。アルゼンチンでの生活が始まるとユーロやポンドも絡んでくるかもしれない。しかしそれは当面は重要ではないので、脇に置くとしても、現在持っている極めて少ない資産の価値を極力維持して、収入の不透明な海外での生活を支えねばならない。
現地で購入しなくてはならないものも多く、現在の物価をいろいろ調べていて分ったのは、アルゼンチンでは現地の通貨であるペソ表記の商品に混じり、米ドル表示の商品もかなりあること。特に輸入ものはそうだ。欧米メーカーの機器を多く使う私にとっては無視できない状況。となると、今後は円よりも、米ドルで考えていく必要がある。
通貨の特質を調べる過程でFXという投機を知る
いくらマネー・ゲームに興味のない私でも、為替の変動で、実際に使える金の額が減ったり増えたりすることがあることくらいは知っている。これまでは輸入盤のレコードやCD買ったり、今年初めて行ったアメリカでの持ち金の両替、時々やる海外との商取引くらいでしか関わらなかったし、それらの額も大したものではなかったので、誤差の範囲で済んだが、これからはそうはいかない。
為替レートの変動で使える金が変わってくるのは知識として知っていただけで、それがどうして発生するのかを知ってみると、今までの自分の無関心さにちょっと腹が立った。
世界中で大きなブームとなっているFX投機は、よく言われる通り「ゼロサム・ゲーム」で、要するに総ての得の合計と総ての損の合計は常にゼロとなるのだ(この場合、仲介業者の手数料などは無視して考える)。つまり、何も知らず為替の変動に完全受動で従い、ある通貨に両替した時にその額面が少なくなっている場合、それはどこかの誰かが得をしたあおりを受けているわけだ。純粋な国家間の産業貿易などだけの結果なら諦めもつくが、誰かの投機行為の結果の損となると、なんかムカつくではないか。
向こう何年になるか分らないが、取引の総額が100万円や200万円で済むわけはないので、ここはひとつ自衛の策を講じるという意味からも勉強をしなくては、と思った次第なのだ。
私が把握しておきたいこと
私は投機としてのFXには未だに興味がない。では何を知っておきたいかというと、
その時どの通貨をどれくらいの割合で持っておくべきか
為替の変動によりそれをどう変更するべきか
可能であれば、その時どの通貨を基準に決済を考えるべきか
通貨間の両替をどこで、どのように行うべきか(米ドル→ペソなのか米ドル→円→ペソなのか、など)
である。
自分の資産を計るには基準となる通貨を決めなくてはならない。どの通貨を基準にするかは、その時々の最も必要な通貨だろう。自分の収入が主にどこから入ってくるか、また、主にどこで支払われるか。これは生活を始めてみないことにはわからない。
具体的にどうやって自衛してゆくか、調べること、勉強することがまだまだたくさんある。
Facebookで無視されない為に知っておくべきこと
記事全文
なんだか日本でも少しずつ盛り上がってきてるらしい Facebook 。私は日本の SNS はまったく使ったことがないので、それらとの比較とかはできないのでその点はご了承を。
Facebook を約2年使ってきたわけだが、その間 Facebook そのものに多くの変更があった。それらをいちいち覚えていないので、これから述べようと思う特徴が、私が参加する以前からあったものなのか、参加してから加わったものなのか、ちょっとわからない。
Facebook の知っておくべきフィルター
この特徴とは、過去のエントリー「Facebook は傍観者に厳しい:Facebook を楽しむ為に」でも取り上げた、「ニュースフィード(News Feed)」でのストリームに見られるフィルターだ。先のエントリーではあなたが見る情報について書いたが、今回はあなたの友達が見る情報について書く。
これは Twitter と比較してみると解りやすいと思う。Twitter ではあなたがフォローしている人の投稿はすべて時間軸上に並べられて表示される。フォローしている人数が5人でも1万人でもこれは変わらない。これに対して Facebook の「ニュースフィード」では、すべての友達の投稿が反映されていないことにやがて気付くだろう。初期設定ではこの人数は250人になっていると思う。そしてあなた同様、この設定の存在を知らないまま使っているユーザーが多数いるものと思われる。
無視されているのではなく、見えていない
これは何を意味しているかというと、あなたの友達の内250人以上の友達を持った相手のニュースフィードに、あなたの投稿が表示されていない可能性があるということだ。相手の友達数が多ければ多いだけこの可能性は高くなる。その相手が友達になった時期が早ければ早いだけこの可能性は高くなる。相手があなたの投稿に反応しなくても憤慨してはならない。そもそも相手はあなたの投稿の存在を知らないかもしれないのだ。
もちろんこの250人を1人にすることも5000人にすることも可能だ。しかしそれを行うのはあなたではなくて、相手様だ。あなたに出来ることは、せいぜい相手に確認をとり表示されていなければ設定人数を増やしてもらうこと、そして表示されて欲しい相手とよく絡んでおくことくらいだ。
あなたの存在を相手に知らせる為にすること
相手に「お願いする」のは全然スマートじゃないし、現実的じゃない。しかし、mixi 内の噂を聞く限りでは、このスマートとも現実的とも思えないことを実際にやってしまう人も居るんじゃないかと(つまり、mixi 文化が Facebook に輸入されるんじゃないかと)危惧しないではいられない。嗚呼、なんと罪な mixi 文化。今はいい方向に様変わりしていることを期待したい。
さて、もうひとつの方法「相手とよく絡んでおく」は、先のエントリーとも関係する。すでに述べたように、今回は相手が見ているものについての記事だ。
250人はどう選ばれているか。設定画面にはこのように記載されている。
「ニュースフィードにどの友達が表示されるかは、あなたがどの友達に関心を持っているかの予測をもとに、自動的に決定されます。このリストは、以下で調整することができます。」
重ねて言うまでもないが、調整できるのはあなたが見る表示で、相手が見るあなたの投稿のことではない。ここで大事なのは、相手の関心の的にあなたが入っていると Facebook に判断させることだ。
どうすれば、それが可能なのか。簡単に言うと、それが「相手とよく絡んでおく」なのだ。自動的に決定される予測は何に基づいているかの推理は、先のエントリーを参照されたい。
この設定の変更は「ニュースフィード」で「最新情報(Most Recent)」を表示させ(ログイン直後は「ハイライト(Top News)」になっている)、ページ最下部の「オプションを編集(Edit Options)」をクリックする。
積極性は大切だが、深追いも禁物
以上、あくまで初期設定のままの250人で使い続けている人を前提に話してきたが、これをわざわざ5人や10人にしている人もいるかもしれない。その場合は、あなたの投稿の表示は明確に拒否されていると、素直に判断して諦めてほしい。
では、良き Facebook ライフを。Good Luck。
関連リンク:
Facebook
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サードパーティ製ユーティリティ・ソフトの創造性
記事全文
マジコンとかそういうのじゃないんで、ガッカリした輩にはお引取り願おう。
制作者の意図を超える創造性
物には製造者がいて、製造者の中の制作者は何かの目的を達成させる為にその物を開発する。この目的を「制作者の意図」と呼ぶと、時折ユーザーが制作者の意図を飛び越えた使い方を「発明」してしまうことがある。それがあまりに素晴らしくて、本来の制作者の意図を完全に離れて独自の歩みを始めることもある。
[caption id="attachment_1102" align="alignright" width="231" caption="ワーミー・バーを操作するジェフ・ベック"][/caption]
一例を挙げると、エレキギターのワーミー・バー(トレモロ・システム/ビブラート・ユニット)。演奏者が弦を弾いている手のすぐ下辺りに金属の棒が垂れ下がっているのを見たことがあるだろう。それだ。金属の棒はシステム全体のほんの末端の一部だが、それを操作することにより発した音の音程をなめらかに変化させることが出来る。この装置は本来はハワイアン音楽で使われるスティール・ギターのサウンドをエレキギターでも再現することを目的に発明された。しかしこの装置を使えばエレキギターの音をスティール・ギターどころか、戦場での爆撃音や動物の鳴き声を模したり、幻想的あるいは変態的な効果音を奏でられることを発見したギタリストがいた(ジミ・ヘンドリクス、エイドリアン・ブリューなど)。さらに効果音的な飛び道具としてではなく、微分音の微妙な音程を操ることで民俗楽器的なアプローチで音楽的に使用するなど、エレキギターの表現の可能性を飛躍的に拡げたのだ。
コンピューター・ソフトの拡張機能
このように、制作物が制作者の意図から離れた、あるいは大幅に拡張して使用される機会が多いのはコンピュータ・ソフトである。
Windows をもっと自分に使い勝手のいいものにするためのユーティリティ・ソフトは Vector や窓の杜でゴロゴロ提供されている。Firefox や Chrome などブラウザの拡張機能もそうだ。
今回とある便利なソフトを調べていて、それを販売している美人過ぎるソフト販売会社のウェブサイトを見ていた。この会社は結構いろんな便利ソフトを売っているのだが、その中でもゲーム関係のものの充実ぶりに目を見張った。
私はゲームはまったくやらない。だからそのソフトがどれだけ便利でどれだけゲーム・ユーザーの楽しみを拡張しているか、本当のところはわからない。が、ソフトの紹介ページをざっと眺めているだけで「こんなにユーザーを魅了させる余地がまだ残っていたのか」と素直に驚いてしまう。Firefox も拡張機能の充実が売りだが、こちらはユーザーのカスタマイズ性に重点を置いており、初期状態では敢えて機能を詰め込まないように設計されているので、ゲームとはまったく立っている土俵が違う。
創造性の動機となる「欲」
しかしもう少し突っ込んで考えてみると、ある事に気付いた。確かに至れり尽くせりだ。でもこの拡張性は本当にゲーム・ユーザーの欲求を満たしているのか?
簡単なゲームと簡単でないゲームのどちらを面白いと思うか、と問われたら普通の感覚なら「簡単でない」方だろう。簡単でないところにゲームの醍醐味があるわけで、これをわざわざ別のツールを使って簡単にするってどういうこと?と思わずにいられない。
きっと純粋なゲームの楽しみ以外に何かヒジョ~に魅力的なものが潜んでいるに違いないと睨み、さらに調べてみた。
あるわ、あるわ(笑)
パチンコなんて金が絡まなきゃ何が面白いんだよ、ってそれとまったく同じ。やれやれ。
ここからひとつの真理が見えてくる。
「金」と「楽に(簡単に/好きなことで)」という<欲>は人間からとてつもないエネルギーを引き出す(「色」も同様だが、それは今回のテーマではない)。オンライン・ゲーム・ユーザーのそれに掛ける情熱といったら凄まじい。注ぎ込むエネルギーの量を考えれば、結果として「楽に」からは程遠いものになろうとも、その矛盾には気付かないほどの没頭が可能となる。しかし、それは時として巨大な創造性も発揮する。
当然そこには大きな商機が横たわっている。商魂という別の<欲>がこれを見逃すはずもない。ユーザーの限りない欲望の創造性が生み出すニーズという餌。それを出来るだけ取りこぼさずに掬い揚げようとするサードパーティのユーティリティ・ソフト。
欲望の食物連鎖
ここから先は食物連鎖と同じだ。ゲームを通して得られる金は植物。ゲーム・ユーザーは草食動物。ゲーム・ユーザーを標的にするソフト会社は肉食動物。捕食されたが消化不良を引き起こした一部のゲーム・ユーザーは、ソフト会社を「詐欺会社」だと攻撃する細菌類として再生する。<欲>の食物連鎖の様相だ。
実際これらユーティリティ・ソフトを上手く活用して、それなりの成果を挙げている者も結構いるようなので、欲深い方は自己責任でチャレンジしてみては?(注:この会社はゲーム関連だけでなく他にも、将来は規制により使用が違法となる可能性の高いソフトも扱っている。もし購入、使用される場合はすべて自己の責任でされたし。)
さて、この食物連鎖の中で上手く立ち回って欲望を実現させる自信が、あなたにはあるだろうか?私はこの世界で上手く立ち回れる自信は全然ありません。
ワーミー・バーを使った名演が聴けるCD
関連リンク:
「ビブラート・ユニット」 - Wikipedia
初心者用フランク・ザッパ・ショッピング・ガイド その3
記事全文
黙ってギターを聴いてくれ
OK、解っている。フランク・ザッパのギター演奏だけを取り出して彼の音楽を語るなんて、邪道中の邪道だってことくらい。そしてこれが、彼の音楽(かつてはレコードやCD)が「ロック」のコーナーだけに置かれていたナンセンスさと同じくらい馬鹿げて一面的なことくらい。しかし今回と次回だけは黙って彼のギターだけを聴いてくれ。ザッパ自身、ライブ音源から彼のギター・ソロ部分だけを抽出した「黙ってギターを弾いてくれ」って3枚組みのLPレコードを作ったくらいなんだから。それくらい許されるだろう。
ザッパは作曲家であり、バンドの指揮者という側面がある一方で、歌手であり、一ギター奏者でもある。彼のコンサートを体験する機会は持てなかったが、彼はコンサートでこれらのすべての側面を見せる。コンサートで演奏されるすべての楽曲のリード・ヴォーカルを務めるわけでもないし、ずっと演奏し続けるわけでもない。こういったところなどは、普通のロック・バンドや歌手のコンサートの感覚と大きく違うところだ。 これはザッパの音楽の多様性や深さを味わえる部分ではあるが、同時に彼のある魅力一点のみにフォーカスしたい場合などは、結構余計な部分が多いと感じさせる部分でもある。
そこで今回と次回の「初心者用フランク・ザッパ・ショッピング・ガイド」は、彼のギター演奏にスポットを当ててみようと思う。今回はスタジオ録音アルバム編だ。彼の音楽の特質上、実際にはライブ音源とスタジオ録音のミックスで成り立っている楽曲を含むものやライブ音源を一部収録したアルバムも今回紹介するが、一般的な感覚で「スタジオ録音」と分類されるものというくらいの意味で受け止めてほしい。
フランク・ザッパのギター演奏の特徴
ザッパは主にエレキ・ギターを演奏し、曲中のソロ(長い、特にライブでは)でその妙技を披露する機会が多い。伴奏もするが、付け足し程度。ジョニー・ギター・ワトスン(Jonny "Guitar" Watson)をアイドルと慕っている通り、モダン・ブルースの影響を濃く反映した演奏が'60年代の特徴(これはザッパに限らずロック・ギタリスト全般に言えるが、ザッパに焦点を当ててみると、彼のキャリアの初期のギター演奏の特徴と言える)。'70年代に入ると、ブルース的な要素は減っていき、いよいよザッパ汁が大量分泌され始める。きっちり演奏される分割型リズム(小節と拍数を基準にした、まぁ一般的なロック、ポップスのリズム概念ですな)の上で、奇天烈で自由な感覚のリズムとモード的な発想で即興を展開していくのがザッパ印のギターだ。'80年代に入ると、スティーヴ・ヴァイ(Steve Vai)をバンド・メンバーに加えてギター・バトル的なことも行うようになるなど、これまでの個性の上にハイテク化の要素が加わった潮吹き状態となり、以後この路線を最後まで貫く。
ホット・ラッツ (Hot Rats)
1969年作品。キャプテン・ビーフハート(Captain Beefheart)がヴォーカルをとる1曲を除き他すべてインストで構成されたザッパ名義のアルバムで、彼のすべてのアルバムの中でも最も人気の高い作品。人気曲「ピーチズ・エン・レガリア」(Peaches En Regalia)は全体を通してキッチリ書かれたものだが、他の曲はジャズ的な即興演奏が大々的にフィーチャーされている。それはギターだけではないのだが、当然アルバム全体におけるギターの比重も高くなっている。
チャンガの復讐(Chunga's Revenge)
1970年作品。『ホット・ラッツ』ではまだブルース・ギターの影響が色濃く反映されたソロを展開していたザッパだが、本作の幕開けで突然ザッパ汁大分泌が開始される。他の曲はまだブルース色の強い演奏、しかも時代を反映したギター・サウンドなど、後のザッパ作品と比べるとザッパ印は薄いが、ギター・ソロ比重は非常に高く、一般のロック・ファンに馴染みやすい作品ではないかと思う。
オーバーナイト・センセーション(Over-nite Sensation)
1973年作品。ザッパのアルバムの中では比較的わかりやすい内容のロック・アルバムで、ライブで度々演奏されるナンバーも多く収録。本作で炸裂する速弾きギターは当時のロック界では最速か。
万物同サイズの法則(One Size Fits All)
1975年作品。Frank Zappa and The Mothers of Invention名義のアルバムで、ザッパの数多いアルバムの中でも最高傑作に挙げる人が多いもの。冒頭の「インカ・ローズ」(Inca Roads)、「アンディ」(Andy)などライブでのクライマックスを演出する重要ナンバーが並ぶ。ザッパのギター・ソロ比重も高い上、バンド・メンバーの超絶技巧を音楽として昇華し切った複雑で緻密なアレンジが堪能できる。
ズート・アリューズ(Zoot Allures)
1976年作品。実質的に、当時19歳だった天才ドラム奏者、テリー・ボジオ(Terry Bozzio)とのコラボレーション的な内容のアルバム。2曲目に収録の「ブラック・ナプキンズ」(Black Napkins)は大阪公演のものを収録。非常にエキセントリックでダイナミックなギター・ソロがたっぷり堪能できる名演。
シーク・ヤブーティ(Sheik Yerbouti)
1979年作品。ライブ音源とスタジオ録音を融合させて楽曲を完成させるという超絶編集技を「作曲」の技法として本格的に取り入れた作品。ザッパ作品の中でもシモネタ強烈度が高く、音楽的には全体的にお祭り騒ぎ的な雰囲気が強い。非常にメロディアスでポップなナンバーから緻密怪奇なナンバーまでが平然と同居。ギター的な本作の目玉は多彩で凝りまくったバッキング・アレンジで、ザッパ本人の演奏よりはアレンジ能力を堪能すべきか。そのバッキングを主に演奏しているのは、後にトーキング・ヘッズ(Talking Heads)やキング・クリムゾン(King Crimson)で活躍することになるエイドリアン・ブリュー(Adrian Belew)である。
たどり着くのが遅すぎて溺れる魔女を救えなかった船(Ship Arriving Too Late to Save A Drowning Witch)
1982年作品。前半3曲はポップな曲で、後半3曲は狂気的な難曲という構成。凄まじいギター・ソロが炸裂するのは3曲目「I Come From Nowhere」と4曲目「Drowning Witch」、4曲目~6曲目のメドレーはロック史上最大の難曲のひとつで、一度もステージで完璧に演奏されたことがない曲として知られている(「ザッパ・ショッピング・ガイド その2」の「You Can’t Do That On Stage Anymore – ...
クローネンバーグの『イースタン・プロミス』
記事全文
現時点でのデヴィッド・クローネンバーグ(David Cronenberg)監督の最新作で、同時に最高作と思っている『イースタン・プロミス』(原題:Eastern Promises/2007年/カナダ、イギリス、アメリカ)は、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(原題:A History of Violence/2005年/カナダ、アメリカ)に続いて個性的でロックな俳優、ヴィゴ・モーテンセン(Viggo Mortensen)を主演に迎えたもので、彼のキャスティングはこの作品の成功の7割くらいに貢献している。
『イースタン・プロミス』
監督: デヴィッド・クローネンバーグ 製作総指揮: スティーヴン・ギャレット、デヴィッド・M・トンプソン、ジェフ・アッバリー、ジュリア・ブラックマン 製作: ポール・ウェブスター、ロバート・ラントス 脚本: スティーヴ・ナイト 出演: ヴィゴ・モーテンセン、ナオミ・ワッツ 他
タイトルの意味するところ
ロシアン・マフィアを扱った映画で、この題材を扱った映画は他に知らない。舞台はロンドン。映画の題名になったのは「英国における東欧組織による人身売買契約のことを指す」(本作の日本語オフィシャルサイトより)言葉だとか。
職人芸の傷口映画
クローネンバーグといえば「ネバネバ」「グロ」な映像が特に有名。古くは『スキャナーズ』(原題:Scanners/1981年/カナダ)の超有名な頭部炸裂シーンに始まり、以降も『ザ・フライ』(原題:The Fly/1986年/アメリカ)、『裸のランチ』(原題:Naked Lunch/1991年/イギリス、カナダ)、『エグジステンス』(原題:eXistenZ/1999年/カナダ、イギリス)と、その特技が遺憾なく発揮された傑作を残している。
本作はそんなトリッキーな映像に重点を置いた作品ではないが、随所に彼の職人芸がちりばめられ、激辛のスパイスとして画面の傷口に擦り込まれる。
この映画は芸術的な傷口映画でもあるのだ。喉を切り裂く、死体の指を切り落とす、全裸の肉体に斬り掛かる。観ているだけで痛いのだ。そしてその傷口が本当にリアルだったり、痛々しくデフォルメされていたり。その使い分けセンスもまたこの監督に魅了される部分なのだ。一番話題にされる公衆浴場での全裸乱闘シーン(幸いにもノーカット、無修正で公開された)は、初めて劇場で鑑賞した時は、近年で一番心拍数の上がったシーンとなった。
前作の『ヒストリー・オブ・バイオレンス』が銃の映画だったのに対して、こちらは刃物の映画。マフィア題材の犯罪映画なのに銃の発砲シーンはなく、殺傷はすべて刃物という、ある種の恐怖症の人にはこれまた堪らないのだ。ブライアン・デ・パルマ(Brian De Palma)監督の『殺しのドレス』(原題:Dressed to Kill/1980年/アメリカ)もそうだったが、銃で人を殺傷するのが全然珍しくない現在の映画において、刃物が与える恐怖のインパクトはとても大きい。大好きなデ・パルマ監督作品については、またの機会に。
ニヒリズムの極致
モーテンセン演じる主人公のクールさに気絶した女性がたくさん居る、かどうかは知らないが、私が女だったら気絶している。多数の刺青を背負った引き締まった体、ビシッとキメた服装、オールバックの髪型、冷静な判断力と物怖じしない精神力。煙草の吸い方、手の組み方、どれひとつとっても彼の計り知れない底の深さが滲み出ている。そんな彼の立場はマフィアに雇われた運転手。
主人公に漂うそこはかとない虚無感は実に魅力的だ。マフィアのファミリーとなることを許される儀式のシーンで、ボスたちに生い立ちを尋問され、自分の父親について「俺にとっては無です。お袋は…」と語り、「俺は15で死んだ」「一切の感情を捨てて生きてきました」と語る。主人公が背負った闇の一旦が垣間見れるシーンだ。
ヴィゴ・モーテンセンは本作品で、第80回アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。
極道家族 vs 庶民家族
本作の見所は痛々しい場面やモーテンセンの熱演ばかりではない。マフィア映画はやはりファミリー映画なのだ。家族で楽しむファミリー映画ではない。家族を描いた映画なのだ、解っているとは思うが。
本作で描かれる家族は、ひとつはもちろんマフィアのもの。そしてそれと対比させるように、もうひとつナオミ・ワッツ(Naomi Watts)演じる病院勤務のヒロインの家族が描かれる。極道家族と庶民家族が鮮やかな対比で描かれている。これら両家族がどのような対比で描かれているかは、是非あなたの目で確かめてほしい。
さりげなくロシア文化
もうひとつ見逃せない魅力に、さりげなくだが、しっかりと見せ付けられるロシア文化の魅力がある。この映画のマフィアのボスはレストランを経営している。ロシア料理の調理の様子が少し出てくるし、室内調度品、郷土音楽の演奏場面などでそれが堪能できる。
殺しに銃を使わないのがロシアン・マフィアの流儀なのか、映画だけの設定なのかは不明。
【記事で紹介しているクローネンバーグ監督作品】
イースタン・プロミス
ヒストリー・オブ・バイオレンス
イグジステンズ
裸のランチ
ザ・フライ
スキャナーズ
関連リンク:
『イースタン・プロミス』日本オフィシャル・サイト
デビッド・クローネンバーグ監督、「イースタン・プロミス」続編に着手
女性上位世界はパラダイス
記事全文
短絡的に誤解する人の為に言っておかなくてはならないことは、私は「フェミニスト」ではないこと。また、いかなる「フェミニズム」にも加担しないこと。そして男性であること。
さらに私は平等主義者でもない。「平等」なんてクソ食らえだ。私は「公平主義者」なのだ。人は能力の優劣、素質の優劣に従って公平に扱われるべきだ。素質や能力に優劣がある限り、扱われ方が同じであってはならない。それが「公平」というものだ。
女と男が同じなわけがない。体のしくみから脳の働きから何から何まで違っていることは現代医学が明らかにしてきている。違いがる以上、優劣もある。ものさしによって違いは出るにせよ。優劣があるのだから、公平な見地に立てば違った扱われ方になるべきである。
それでは本題に入ろう。
優れているのは女性の方
社会生活においては、女性の方があらゆる面で優れていると言わざるを得ない。唯一男性の方が勝っていると言える筋力など、社会生活においてはほとんど必要のない価値だ。「女性は弱いもの」、「女性は守られるべき存在」という前提に立つフェミニズムに加担できないのはこの為だ。
女性は男性以上に華やかなもの(衣)を好み、美味いもの(食)を好み、機能的な空間(住)を好む。そしてそれらを可能にする「金」を非常に好む。これらすべて、それが好きな者に任せてしまうのが一番ではないか。
現代においては、社会から離れて(極端な場合)戦場においてすら女は優れた素質を持っている。たしかに筋力は男の方が強いだろう。だが今は戦国武将が活躍している時代ではない。飛び道具や爆弾がすべてを決する現代の戦場で、強い筋力など必要があろうか。必要なのは知力と度胸なのだ。極限状態の戦場でビビっているのは金玉をぶら下げた男の方で、女の方がこういう時の度胸は強い。
戦っているのはアバター
こんなことを言うと平等主義者、男尊女卑主義者双方の非難の嵐に晒されること必至だが、現在の男性は何の為に存在しているのかというと、女性の役に立つ為である。いわば「燃料」のような存在だ。あるいは、「アバター」のような存在だ。
政治の世界、経済の世界、学問・研究の世界、芸術の世界、職人・芸の世界、あらゆる分野で表立って活動しているのはほとんど男性だが、その陰で「アバター」を操っている存在こそ活動の黒幕と言わなくてはならない。男を活かすも殺すも女次第とはよく言ったものだ。この真理は数々の歴史の裏に隠れた女たちの活躍が証明している。
非常に厳しい職場という名の戦場の前線で「夫」という名のアバターを闘わせ、戦利品を受け取り運用しているのは「妻」という名の操縦士(あるいは司令官)だが、この状況を良しとするかどうかは難しい問題だ。現状では裏で操っている司令塔が、表舞台に出て上手く事が運ぶかどうかは、そうなってみないと分らない。フェミニストや一部の男女平等主義者たちは女性を表舞台に引っ張り出そうと主張するが、当の女性たちの大半はそれを望んでいない。裏で操っている方が楽で安全で得るものが大きいことをよく知っているからだ。女性とはしたたかな生き物なのだ。
もし「世界を支配しているのはユダヤ人だ」という主張がある程度の真実味を持つならば、それ以上に「世界を支配しているのは女性だ」という主張の方が真実に近いと思う。
女性が支配する世界こそ正しい
ところで、沼正三という幻の作家の長編小説『家畜人ヤプー』をご存知だろうか。三島由紀夫も絶賛した「戦後最大の奇書」と言われる作品である。日本生まれの男が、ゲルマン系白人女性により肉体を改造され、家畜として飼育、使用されている、未来のとある惑星の風俗の様子を、これでもかと言わんばかりの子細な描写と圧倒的な説得力で描いている。
この小説世界は著者の破天荒な個人妄想の爆発であるが、にも関わらずこの作品が年代、性嗜好を超えて広く読まれていることは、私に「徹底した個は普遍性を獲得する」という哲学を持たせた大きな契機であった。
その『家畜人ヤプー』では男女の役割が、日本や西洋などのそれとは完全に逆転している。ファンタジーの世界ではしばしば用いられる設定だが、ちょうど折りも折、男女逆転版『大奥』の映画が公開された。原作も映画も未見なのでこの映画については触れられないが、これを機に男女の役割が逆転した世界を(一時的だとしても)夢想する人が湧いてくるのは大いに歓迎したい。
地球上には男女の役割分担に大きな差が認められない文化を持った地域があるらしいが(タヒチ島民や、西マレーシア中央部のセマイ族)、完全に逆転している事例は、残念ながら現在まで認められていない。
※セマイ族は明晰夢を操る部族としても知られており、個人的に非常に興味を刺激される存在だ。
男と女、どちらが支配者としての資質をより強く持っているかと言えば、それは言うまでもなく女だ。女が母親として人間の人格に与える影響は計り知れない。『家畜人ヤプー』では、支配される側は抑圧されてそれに耐えているのではなく、大きな悦びをもって支配され、仕えている。生まれたときから母親が支配されることの悦びを植えつけてやれば、簡単に召使や奴隷や家畜が仕上がる。それは極端な例だが、女の影響力、特に精神部分においてのそれは、支配という装置の中では大きな役割を担うのではないかと思う。
ドイツの社会学者、マックス・ウェーバが提唱した支配の正当性における「支配の三類型」(伝統的支配・合法的支配・カリスマ的支配)に即して言えば、まず個々の中にカリスマ的支配者として影響力をもち、広く社会的に行われるようになって後に法整備の手続きを経て合法的な支配の正当性を獲得し、これが何代もの年月続けられる内に伝統的支配の正当性を獲得するに至る。
『家畜人ヤプー』に描かれるような男女の役割が逆転した世界は、男にとってのパラダイスである。辛い労働から解放され、妻子を養うプレッシャーから解放され、女を性的に満足させていれば一人前の男と認められるのだ。経済力であれ、名声であれ、技能であれ、それが欲しければ欲しい者が自力で手に入れるのが筋というものだ。他者の功績に寄生して恩恵を得ようなどという発想は三流のベンチャー企業だけでもう十分である。
これはジェンダーの話ではない
キリスト教をはじめとする一神教や儒教などの宗教・思想の影響で、現代社会では(意識的/無意識的を問わず)男性優位の感覚が猛威を奮っている。これを理性の力で変革しようとする運動が「ジェンダー」という概念を生んだ(本来の「gender」と日本語の「ジェンダー」が同じものを指すのでないことに注意されたい)。しかしそんな取って付けた様な概念をわざわざ発明しなくても、生物的な資質を見れば女の方が他者に対する影響力は大きいし、ちょうど欲深くもある。公平主義者の立場としては、そんな女というものに是非とも表の支配的な立場に立ってもらい、的確な舵取りを本気でお願いしたいと思っている。前線に立て、女たち。君らは「弱いもの」でも「守ってもらうべき存在」でもない。そして弱音を吐くな。男を支えろ。そしてより良き方向へ導け。
ご主人様用安楽チェア
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